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  1. 1)鯨類に関する調査研究
沖縄美ら島財団総合研究所

海洋生物の調査研究

1)鯨類に関する調査研究

岡部晴菜*1・小林希実*1・尾澤幸恵*1

1.はじめに

沖縄近海を含む南西諸島ではこれまで約30種類の鯨類が確認されており、その基礎的情報の把握は、鯨類をはじめ海洋生態系全体の保全管理を行う上で必要不可欠である。当財団では鯨類の保全や地域産業振興、公園管理事業への貢献を目的に、南西諸島周辺に生息する鯨類の調査研究を継続的に実施している。今年度は、当事業において以下の取り組みを実施した。

2.ザトウクジラに関する調査

写真-1尾びれ腹面写真を用いた個体識別
写真-1尾びれ腹面写真を用いた個体識別

ザトウクジラは、夏季は摂餌のため高緯度海域へ、冬季は繁殖、育児のため低緯度海域へ回遊する。沖縄周辺は、本種の繁殖海域として知られ、冬季に来遊が確認されている。当財団では、本種の保全に貢献することを目的として、30年以上に亘り来遊状況や基礎生態学的情報について調査を継続している。
本種は、尾びれ腹側の特徴が個体毎に異なり、個体識別が可能である(写真-1)。令和3年度の調査では、慶良間諸島、本部半島周辺で、のべ約200頭分の尾びれ写真を撮影し、今年度までに約1,860頭分の写真を識別、登録した。これまで尾びれ写真の識別は目視により実施してきたが、2017年より作業の効率化を目的に、国内研究組織と共同でAI自動識別システムの開発を実施し、現在、尾びれの形状や模様による自動照合は約80%の識別精度に達した。同成果は国際学会プロシーディングにて公表した。
また、同システムを用いて、沖縄と国内他海域間(北海道、小笠原、奄美)の交流等に関する研究を継続している。その結果、沖縄に来遊する集団と他海域の集団とは密接に関係しているが、海域毎に交流の頻度に差があること等がわかった。同結果は、現在、国際学術雑誌に投稿中である。 当財団は2004-2006年に、北太平洋全域のザトウクジラ資源の持続的な保全を目的とした国際的な共同研究プロジェクト「SPLASH」に参画した。今般、国内外40組織以上の研究者らによって、これらを更に発展させた「SPLASH-2」の実施が計画されている。ザトウクジラは広く世界中の海を回遊することから、本種の保全のためには、国内外の組織と協力して広範囲での調査研究、保全活動を行う必要がある。当財団も本研究プロジェクトに運営委員として参画すると同時に、実施に向けた研究体制の構築に努める。

3.鯨類相調査およびストランディング調査

表−1 ストランディングが確認された鯨類
表−1 ストランディングが確認された鯨類

当財団では、南西諸島周辺における鯨類ストランディング(漂着、迷入、混獲等)調査を継続的に実施し、学術研究や普及教育活動に役立てている。令和3年度は、計3科8種の鯨類のストランディングが確認され、種や場所等の記録、標本の収集を実施した(表-1)。特に本年度は2020年に那覇空港敷地内に死亡漂着したマッコウクジラの腐敗状況と処理方法の研究成果について報告した。
また、南西諸島で生息が確認されている鯨類の中でもシワハイルカやオキゴンドウは世界的にも知見が乏しく情報の拡充が求められている。当財団では1980年代より現在に至るまで、沖縄周辺における同種の観察データや漂着情報を50件以上収集してきた。今後解析を進めるとともに、学術誌等での成果公表を実施する。

4.飼育鯨類に関連する調査

公園内で飼育中の鯨類の繁殖、飼育技術の発展に寄与することを目的に、飼育鯨類を対象とした調査研究を実施している。昨年度より他組織と実施したミナミバンドウイルカの餌料消化に関する研究では、本種の消化速度が245±20.4分であることが明らかとなり、本結果を国際学術誌に公表した(近畿大学と共同)。また2021年6月、8月に出産したマナティー及びオキゴンドウについて、本種の繁殖に関わる鳴音調査のため、出産前後の行動記録及び音響データの収集を行った。今後、解析を進めることで、飼育鯨類における基礎生態学的情報の把握の一助となることが期待される。

5.公園管理事業および教育普及分野への貢献

写真-2沖縄県立博物館でのザトウクジラ特設展の実施
写真-2沖縄県立博物館でのザトウクジラ特設展の実施

写真-3 園内施設におけるザトウクジラ観察会の様子
写真-3 園内施設におけるザトウクジラ観察会の様子

当財団では、調査研究事業で得られた成果をより広く一般に向け公表するため、講演や公園内での展示を実施している。令和3年度は、県内外の大学、専門学校、企業等への講演を計12件実施した。また、ザトウクジラの来遊季 (1-3月)に合わせ、水族館及び沖縄県立博物館にて「ザトウクジラ特設展」を実施した(写真-2)。会期中は、海洋博公園内の屋外イベントとして「ザトウクジラ学習会、観察会」も実施し(写真-3)、さらに広く一般向けに動画配信等も行った。今後も園内関連施設における展示物の充実と一般への鯨類調査成果の教育普及を目指す。

6.地域産業振興への貢献

当財団では地域産業振興への貢献を目的として、県内外のホエールウォッチング事業者を対象に講演会等を実施している。今年度は、沖縄北部ホエールウォッチング協会からの依頼講演を実施し、ザトウクジラの基礎知識および調査研究から得られた情報等を報告した。
また、今年度からは地元関連事業者および国外研究組織と連携し、ホエールウォッチング・スイム影響評価調査を開始した。今後も本調査を継続し、ザトウクジラへの影響を最小限にすることで、同産業が持続可能な産業となるよう、今後も連携体制を継続する。

7.外部評価委員会コメント

西部北太平洋域のザトウクジラに関する情報は、太平洋全体の資源状態把握や保全を目指す上で大変重要である。その上で、沖縄での調査研究に加え、国内の取りまとめ役を担うなど、財団の取組みと既存の研究成果における社会的影響は非常に大きい。また国内外の共同研究者と共に幅広く事業を進めている点においても高く評価できる。今後は、南西諸島の小型鯨類についても資源量の把握、漁業との関連性に関する研究を国際的な枠組みの中で実施していけるとよりよい(Abel顧問:シアトル水族館館長)。


*1動物研究室

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