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  1. 動物研究室
沖縄美ら島財団総合研究所

海洋生物の調査研究

動物研究室

岡 慎一郎*1

1.方針

動物研究室では、総合研究センターの目標である「環境問題への対応」、「産業振興への寄与」、「公園機能の向上」を念頭に調査研究・技術開発並びに普及啓発事業を実施している。また琉球列島における熱帯・亜熱帯性の海洋生物に関する研究成果を、様々な社会的要求に貢献することを目的とした調査研究活動を展開している。本年度は水族館管理運営事業への寄与に重点を置くと同時に、過去の調査研究結果等を解析し、論文化することに重点を置いた。

2.実施体制

令和3年度の研究活動は、定席研究員5名、水族館事業部との兼任職員6名、契約職員3名、事務職員1名で実施した。また、研究内容によっては水族館事業部職員と随時連携した。動物実験倫理については、当財団の動物実験規定に基づく委員会により、2件の動物実験について承認を行い、その内容についてはHP上で情報公開を行った。

3.研究内容

1)鯨類に関する調査研究
本事業は、冬季に沖縄周辺海域に来遊するザトウクジラの生態調査を長年継続し、尾びれ照合による個体識別を実施している。今年度は、外部機関と共同開発した尾びれ自動照合システムの運用を大幅に拡大し、国内4海域における約3,600頭の個体識別をとりまとめた。また、北太平洋全域をカバーする国内外の約40組織によるザトウクジラ共同研究プロジェクト「SPLASH-2」の運営に際し、日本代表組織として参画した。水族館運営においては、「クジラの見える水族館」のコンセプトのもと、水族館テラスからのザトウクジラ観察会などにも注力した。

2)ウミガメに関する調査研究
本研究事業は、野生ウミガメの生態把握および飼育個体の安定的繁殖技術開発を主な目的としている。野外調査では過年度に引き続き、地元ボランティア等と連携して沖縄県北部におけるウミガメの産卵状況を調査し、産卵記録等の取りまとめ解析を行った。また死亡あるいは衰弱状態で漂着したウミガメへの対応も随時行い、回復した個体は放流した。水族館飼育個体については、各種ウミガメの産卵に成功しているほか、適正な孵化条件の解明や、人工授精の成功に向けた研究を実施した。

3)在来希少種の保全に関する調査研究
本事業は、琉球列島在来希少種の生息実態の把握と実践的な保全活動を目的としている。本年度は、在来希少淡水魚の生息域外保全に関する調査を実施した。また、海洋博公園に生息するヤシガニやクロイワトカゲモドキの生態調査、外来種のウシガエルの駆除に関する技術開発も実施した。さらに、沖縄島で絶滅する前のリュウキュウアユ標本の形態的特徴から絶滅直前の個体群の性質を推定する研究を開始した。また、環境DNA技術による希少種の検出技術開発も行った。

4)大型板鰓類の生理・生態・繁殖に関する調査研究
本事業は、世界的な保護対象となりつつある大型板鰓類の保全および水族館での持続的な展示に資する知見と技術の習得を目的としている。本年度は過年度に引き続き、大型板鰓類の血液サンプルに基づく生理学的モニタリングを行なった。特筆すべきは、飼育下における早産胎仔の育成を人為的にサポートする人工子宮装置の開発に成功し、水族館における展示も行った。

5)造礁サンゴ等の生態系基盤モニタリング調査
造礁サンゴ類は高い生物多様性を支える重要な生態系の基盤であり、当財団では長年にわたり地先サンゴ群落のモニタリング調査を実施している。本年度は過年度に引き続き、モニタリング調査及び、魚類相調査を実施、対象地区のサンゴ群集を基盤とした生態系を評価した。

6)海洋生物に関する自然史研究
本事業では、世界有数の多様性を誇る琉球列島の海洋生物相の研究および技術開発を充実させ、国内外の研究活動や普及啓発活動に寄与することを目的としている。
本年度は厳しい予算状況の中、所蔵標本の整理により保管経費を抑制しつつも、内外での研究における標本の活用を積極的に展開した。また、環境DNAメタバーコーディング技術を活かしたサンゴ礁域や新海域の魚類相の把握、新たな解析方法の導入による群集構造や時空間的変動に関する新たな知見を得た。

7)水生哺乳類の繁殖及び健康管理に関する調査研究
本事業は、イルカ等の自然繁殖および人工授精技術、健康管理技術開発等の調査を実施し、動物福祉の向上に資するとともに、野生動物の保全に寄与することを目的とする。本年度は積極的な自然繁殖及び人工繁殖の実施、CTやX線検査等の画像確定診断、高齢イルカの口腔内扁平上皮癌の治療、新興真菌感染症に関する調査を実施した。また、尾びれを失ったイルカのQOLの維持向上を目的とした新たな人工尾びれ開発プロジェクトも開始した。

8)水産業振興に関する技術開発
本事業では衰退しつつある地元水産業の復興を目的としている。本年度は、シラヒゲウニの養殖技術に関して、適した餌の評価やエコー技術の導入にって非破壊的な品質評価手法の開発に成功した。その他、種苗生産技術を導入した繁殖困難な水族館展示生物の飼育下繁殖の試行などの事業も展開した。さらには農水省等のパラオ水産振興の国際協力事業に、当財団の特許技術供与に協力した。

9)タイワンハブ駆除技術開発
本事業ではタイワンハブの効率的駆除技術の開発を目的としている。今年度は非生物疑似餌の開発に主に注力し、ソーラー発電システムを組み込んだメンテナンスフリーシステムの試作品を開発した。また民間企業と共同で、捕獲機の見回りなしに捕獲状況や餌の状況等の情報が得られるIOTシステムの開発を開始した。

4.研究成果

図-1 動物系論文数の推移(2004年~2022年3月)
図-1 動物系論文数の推移(2004年~2022年3月)

令和3年度は47報の科学論文が受理・掲載された。論文数は歴代1位の実績となり、その大半が英文誌となっている(図-1)。本年度は各分野で成果があがり、偏りは概ね解消傾向である。新型コロナ感染症の影響で、野外調査等の活動が制限されたことにより、各研究員が過去のデータの解析を積極的に行い、論文化を推進したことによる成果であった。
また水族館事業の新たな展開として、有料オンラインイベントを多く開催しており、それらの講師として研究員も積極的に参加した。このように、昨年度に引き続き、近年は水族館事業への直接的な貢献が活発になされている。
外部研究助成金の取得については、令和3年度は7件(代表研究者2件、分担研究者5件)の科学研究費助成金(科研費)、1件(分担研究者)の環境省推進費、2件の民間企業助成金を取得している。来年度以降も積極的が外部資金の取得を目指す。

5.外部評価委員会

令和4年3月に外部評価委員会を実施し、動物研究室において実施した調査研究についての評価及び助言を頂いた。委員からは、厳しい財政状況の中、非常に多くの研究論文の成果、海外とのグローバルな研究が進められていることが高く評価された。

6.今後の課題

本年度は、当財団における第Ⅳ期中長期計画の3年目にあたるが、水族館収入の激減により非常に厳しい財政状況の中での運営となった。来年度はある程度の回復は見込めるものの、一層の水族館との連携、誘客促進、収入確保を意識した調査研究・技術開発に努める。また国内外の研究施設との共同研究等の連携事業等を強化し、環境保全や地域振興などの社会的要求に今まで以上に対処しうる知識と技術を持つ組織構築を目指す。


*1動物研究室

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