1. 1)鯨類に関する調査研究
沖縄美ら島財団総合研究所

海洋生物の調査研究

1)鯨類に関する調査研究

岡部晴菜*1・小林希実*1

1. はじめに

当財団では、南西諸島周辺海域に生息する鯨類相を把握することを目的として、1991年より鯨類に関する調査を継続的に実施している。現在までに同海域で約30種類の鯨類が確認されており、その基礎的情報の把握は、鯨類を含む海洋生態系全体の保護・管理を行う上で大変重要である。そこで当事業では、南西諸島における鯨類の生態学的基礎情報を把握すると共に、同調査結果を地元産業振興の発展に寄与することを目的に、以下の取り組みを実施した。

2.ザトウクジラ調査

図-1 ザトウクジラの尾びれ腹面写真
写真-1 ザトウクジラの尾びれ腹面写真

図-1 ザトウクジラ調査実施風景
写真-2 ザトウクジラ調査実施風景

ザトウクジラは夏季に摂餌のため高緯度海域へ、冬季には、繁殖、育児のため低緯度海域へ回遊する。沖縄周辺海域では、例年冬季にザトウクジラの来遊が確認されている。また本種は、尾びれ腹側の模様や特徴が個体毎に異なっており、この特徴を利用した個体識別が可能である(写真-1)。当財団では、ザトウクジラの生態や資源状態を把握し、その保全、資源管理に有益な知見を収集することを目的として、1991年より本種の個体識別を主とした野外調査を実施している(写真-2)。
平成30年度の調査では、本部半島周辺と慶良間諸島周辺海域合わせて、のべ約497頭分の尾びれ写真を撮影した。これまでに収集した尾びれ写真と撮影した写真とを比較することで、個体の来遊履歴の確認や新規個体の登録を実施し、今年までに約1600頭分の尾びれ写真を収集した。
1960年代以降、沖縄を含む北太平洋全域のザトウクジラの個体数は徐々に増加傾向にあることが報告されてきた。一方、近年アラスカおよびハワイの広範囲で、本種の目撃数が大幅に減少している可能性が指摘されている。このような減少傾向が局所的かつ一過性のものであるのか、もしくは北太平洋全域における傾向であるかは依然としてわかっていない。そのため、沖縄周辺についても本種個体数の増減傾向を把握するとともに、今後も継続的なモニタリング調査の実施が必要である。
また、当財団がこれまでに収集したデータを基に、国内では奄美、国外ではフィリピンやマリアナの研究機関と協力し共同研究を実施した。その結果、沖縄で確認された個体が上記各海域でも確認されていることが明らかとなり、沖縄海域と他海域の本種集団との交流傾向が徐々に明らかとなってきた。これらの結果は、各研究機関と連携し、学会や論文にて公表済、あるいは公表を予定している。これらの共同研究から、本種の保全のためには、国内だけでなく海外の組織と協力して広範囲での調査研究、保全活動の実施が今後も必要不可欠であることが再認識された。

3.鯨類相調査および骨格標本の活用

当財団では、沖縄本島を含む南西諸島周辺における鯨類ストランディング(漂着、迷入、混獲等)調査を実施し鯨類相を把握すると共に、学術研究や普及・教育活動に役立てている。平成30年度には、同域において計4科6種の鯨類のストランディングが確認され(表-1、写真-3)、種や場所等の記録、必要に応じて標本の収集を実施した。
上記調査内にて収集した標本は、形態学的研究の試料として保管し、外部からの研究協力依頼時や標本貸出依頼時に利用すると共に、海洋博公園内やその他企画展の展示物としても活用している。本年度は国内の大学、研究機関による学術及び教育展示目的で6件の利用対応を行った。

  • 表−1 ストランディングが確認された鯨類
    表−1 ストランディングが確認された鯨類
  • 写真-2 混獲したザトウクジラの調査及び放流作業
    写真-3 混獲したザトウクジラの調査及び放流作業

4.飼育鯨類に関連する調査

写真-3 飼育オキゴンドウの行動記録の収集
写真-4 鯨類の行動および音響データの収集

当財団が管理、運営する海洋博公園では、教育普及および種の保全を目的として、鯨類の飼育、展示を行っている。当財団では、飼育、繁殖技術の向上および発展に寄与することを目的に、飼育鯨類を対象とした行動生態学及び音響学的研究を実施している。平成30年度は、昨年度保護したオキゴンドウの社会行動に関する調査のため、群れの行動記録及び音響データの収集を実施した(写真-4)。

また、飼育環境の多様化と向上を目的として、シワハイルカの人工ビーチへの開放遊泳訓練を実施し、開放時の個体の行動変化と環境への馴致の過程について他大学と共同で調査した。今後、これらの調査データの解析を進めることで、鯨類の飼育、繁殖技術向上の一助となることが期待される。

5.地域産業振興への貢献

写真-4 沖縄ザトウクジラ会議の開催
写真-5 沖縄ザトウクジラ会議の開催

鯨類調査を通して得られた情報を県内のホエールウォッチング(以下WW)事業者に紹介し、WWにおけるサービス内容の質向上等に役立てて頂くことを目的に、毎年ザトウクジラ会議を実施している。6回目となる30年度の会議では、WW産業に関する研究の第一人者であるエリック・ホイト氏(国際自然保護連合:海棲哺乳類保護区特別委員会 共同委員長、クジラ・イルカ保護協会 主任研究員等)を招き、世界のWWの現状と持続的な産業への取組みについて講演を頂いた(写真-5)。当財団からは調査結果の報告、ザトウクジラの生態を紹介する講演を行った。会議には、沖縄島の北部、中部、南部、座間味島、奄美大島と広い範囲からの参加があり、WW事業社が年々増加しつつあることが伺えた。意見交換会では、「沖縄のWWの今後について大変考えさせられる内容だった」、「持続的に事業を行っていく上での環境保全の重要さについて再確認できた」等の感想を頂いた。今後も各地域と連携した調査を行うため、積極的に意見交換や情報収集を行っていきたいと考える。

6.外部評価委員会コメント

 研究成果のとりまとめ,実行成果の公表が増えればより充実した課題となるだろう。鯨類に関しては敏感な情報も含まれるので取扱いに注意しながら研究を進めたほうがよい。
(加藤顧問:東京海洋大学名誉教授)


*1動物研究室

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