1. 6)水生哺乳類の繁殖及び健康管理に関する調査研究
沖縄美ら島財団総合研究所

海洋生物の調査研究

6)水生哺乳類の繁殖及び健康管理に関する調査研究

植田啓一*1・小俣万里子*2

1.はじめに

現在、野生からの導入が困難になっている飼育動物について、今後の持続的な展示には飼育下繁殖及び健康管理が不可欠である。それらに対して自然繁殖技術の確立、人工授精技術の確立、関係機関と連携したブリーディングローン(BL)の調査を実施する。また健康管理、長期飼育に対して、世界でも類をみない画像機器を駆使し、診断技術や治療等の健康管理技術の維持と開発に取り組んでいる。特にイルカの主な疾病である細菌や真菌感染症等の治療に向けて外科的処置と麻酔技術の向上、展示動物の理学療法に基づいたQOL(Quality of Life)の改善に尽力する。また飼育動物の健康管理技術を開発することで野生生物の保全に貢献し、持続的なイルカ飼育に繋げるべく調査研究を展開している。

2.鯨類のCT検査による確定診断

写真-1 患部のCT画像比較(左:2016年、右2020年)
写真-1 患部のCT画像比較(左:2016年、右2020年)

鯨類は水生動物であるためヒトや陸生動物と同様な検査が困難な場合が多く、鎮静や麻酔を伴う検査についてはデータが少ないため敬遠されがちである。
今年度は、X線検査などでは確定診断や状態把握が困難な肺炎・骨疾患が疑われる個体に対し、鎮静処置を伴うCT画像診断を積極的に実施した。その結果、マダライルカおよびミナミバンドウイルカについて肺炎像、マダライルカおよびシワハイルカについて顕著な気胸画像が取得でき、確定診断を下すことができた。またミナミバンドウイルカの脊椎変性疾患においては、約4年前の検査時との比較解析し、変性の進行が無いことを確認した(写真-1)。また肋骨骨折の詳細な状態とそれに伴う肺野への影響を確認した。これらはイルカ治療において治療方針策定の大きな指標となることが期待される。今後さらに症例数を増やすとともに、過去の症例についても解析を進める予定である。

3.新興真菌感染症調査について

人獣共通感染症として知られている、クジラ型パラコクシジオイデス症とパラコクシジオイデス症、ヒストプラズマ症とコクシジオイデス症の原因菌は、Onygenales目もしくは関連菌種に属し、遺伝的に近縁であり、多くは温度依存性二形性の性質を持つ。
Arthrographis kalraeは上記原因菌と分子生物学的近縁関係にあり、温度依存性二形性を示す上、全世界的に分布する病原真菌で、表在性および深在性真菌症を引き起こすことが知られている。そこで今年度はA. kalraeと上記の高度病原性真菌症原因菌との血清学的交差反応について検証し、飼育個体ならびに野生個体の抗体保有率調査の基礎データとした。
実験的A. kalrae感染マウス血清は、A. kalrae菌体細胞だけでなくParacoccidioides属菌種、P. brasiliensis、およびCoccidioides posadasii菌体に対し陽性反応を示したが、Histoplasma capsulatum菌体細胞に対して陰性であった。本研究により、A. kalrae菌体細胞と、高度病原性真菌感染症であるコクシジオイデス症、パラコクシジオイデス症、クジラ型パラコクシジオイデス症、およびヒストプラスマ症に対する抗体との間およびその逆についての交差反応性を初めて検出することができた。
本研究からA. kalraeOnygenales目に属する高度病原性真菌種との間の交差反応性は、特にヒトを含む陸生動物における高度病原性真菌感染症に対する抗体保有率に影響を与える可能性があると考えられた。しかしA. karlaeが海水から分離された記録はないため、水生動物のクジラ型パラコクシジオイデス症の抗体検査では、A. karlaeとの交差反応は無視できると考えられる。以上より、小型鯨類におけるクジラ型パラコクシジオイデス症の抗体保有率は、イルカ症例由来のParacoccidioides属菌種が含まれた病理組織ブロックを抗原として使用することにより、調査可能であることが明らかとなった。

4.鯨類の精液凍結保存について

写真-2  精液採取の様子(左)充填式液体窒素容器(右)
写真-2 精液採取の様子(左)充填式液体窒素容器(右)

当財団は、平成28年夏季から飼育個体に対し精液採取のトレーニングを開始し、年々採取可能個体を増やしている。今年度は、4種(ミナミバンドウイルカ、オキゴンドウ、バンドウイルカ、シワハイルカ)5個体から精液採取が可能となった。
現在我々は、将来の人工授精を目的とした精液の凍結保存について、以下を保存基準としている。
 活力 :4以上(5段階)
 濃度 :8億/ml以上
 浸透圧:350以下
今年度においては、上記条件を毎回クリアしているのはミナミバンドウイルカ(個体名:ムク)のみで、解凍後に人工授精に使用可能と思われる性状が得られているのも同個体のみである。他個体においては、精子濃度が低い場合が多く、今後さらなる技術改良が必要である。
また精液凍結保存容器はこれまで、定期的に液体窒素の残量(液面)を肉眼的に確認する必要があり、人為的ミスが生じる可能性があった。人的ミスによる損失を取り除くために、充填式大型液体窒素凍結保存容器を導入した。これにより、液面の低下はセンサーにより自動で感知し充填を行うため、より多くの精液を安定的に保存することが可能となった。

5.鯨類精液の海外輸送について

写真-3  精液保存作業の様子(左)解凍検査の様子(右)
写真-3 精液保存作業の様子(左)解凍検査の様子(右)

ミナミバンドウイルカの持続的飼育を目的のため、平成29年から飼育個体から採取した精液の凍結を試みてきたが、解凍後に良好な性状を保った精液を保存することが難しかった。平成30 年からは解凍後も良好な性状を維持した精液を凍結保存出来るようになった。そこで今年度は、昨年度の試験的な海外園館への精液輸送の経験をもとに、本格的な凍結精子の海外長距離輸送を実施した。輸送は液体窒素を吸収材に吸着させ、温度を維持するドライシッパーと呼ばれる専用容器を用いた。また、航空会社の協力のもと、X線検査を受けずに機内に持ち込み、ドライシッパーは輸送中1度も開封されることなく、輸送を完了した。今回輸送した精子量は、人工授精約5回分で、輸送後の解凍した精液の品質も人工授精に十分に用いられる状態であった。
今後も引き続き、精液保存及び輸送を続け、海外園館での次年度以降の人工授精に備える予定である。

6.他園館への技術指導

今年度は、国内2園館で治療技術指導を実施し、海外より1園館の研修を受け入れた。
国内の2園館においては、イルカの感染症の静脈処置、輸液処置指導、新興真菌感染症同型検査及び治療技術指導であった。
海外園館から受け入れた職員への研修では、以前より先方の課題であった、イルカの内視鏡検査による主胃へのアプローチと、イルカの背びれ採血ポイントの確認について、我々の実際の処置等に併せて手技の実演指導を行った。次年度にはCT検査による症例で確定診断した治療方針の協力と、ミナミバンドウイルカの人工授精に向けての協力を行っていくことを確認した。

7.外部評価委員会コメント

国内でも先進的な技術開発に取り組んでおり、積極的な研究姿勢を評価する。しかし、研究課題がやや網羅的なため、目的や方向性を明瞭化する必要があるのではないか。(村田顧問:日本大学特任教授)


*1動物研究室 *2水族館事業部 動物健康管理室

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